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カンボジア通信 |
2004年5月18日 |
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03 クメール語にみるカンボジア人のごはんへの愛 |
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カンボジアで土地の人と食事をともにしたことのある方ならご存じだと思うが、彼らは大のご飯好きである。ここでいうご飯とは、食事のことではなく炊いた白い米のことだ。
カンボジアの人たちは、昔の日本人と同様にちょっとのおかずでご飯をもりもりもりもり食べる。また、ご飯にソムロー(カンボジアのスープ)をかけて食べたり、プロホック(淡水魚の塩辛)をつまみながらがぶがぶやったりもする(僕はこれを「プロホックご飯」と呼んでいる)。僕もご飯は大好きなので、カンボジア人の気持ちはよくわかるつもりだ。炊きたてのご飯ってうまいもんな。余談だが、イカの塩辛やカツオの酒盗でごはんを食べるのが好きな人は、きっと「プロホックご飯」にはまると思うので、機会があったらお試しあれ。
さて、カンボジア人のご飯に対する「偏愛ぶり」を示す(と僕が考える)言葉が、クメール語のなかにある。
クメール語ではご飯のことを「バーイ」と言う。この「バーイ」の前に力(ちから)という意味の単語「コムラン」をくっつけるとどういう意味になるか想像していただきたい。『カンボジア語辞典』坂本恭章(大学書林)によると「コムラン
バーイ(直訳すると「ご飯の力」
※注:クメール語では後ろから名詞を修飾する)」は「暴力」「腕力」を意味する。また、『カンボジア語実用会話集』ラオ=キム=リアン、ラオ=えりか(連合出版)には「力まかせ」とある。 では次、「バーイ」の前に「無い」という意味の「オッ」をつけた「オッ
バーイ」では何を意味するだろうか。答えは「ひもじい思いをする」(『カンボジア語実用会話集』)である。
つまり、カンボジア人からご飯を取り上げると「腕力」や「暴力」をふるうことができなくなるばかりか、「ひもじい思いをする」ことになるわけだ。日本人だってご飯を食べなかったら力はでないし、ひもじい思いもする。しかし、日本語の「腕力」「暴力」「ひもじい」といった単語の中に「ご飯」という言葉は見当たらない。ご飯という言葉を使っていろいろな表現を生み出したカンボジア人。こんなところから、彼らのご飯に対する偏愛ぶりが伺い知れるだろう。もちろん同じ「ご飯好き」として、ご飯に対する愛は日本人だって負けてちゃあいないことを付け加えておきたい。
ちなみにクメール語で台所のことをどう言うかというと、「プテヤ
バーイ(直訳すると「ご飯の家」)である。ご飯の家、何てかわいらしい表現なんだろう。 |
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