日本人会会報 通巻15号 |
発行 1999年3月
さる98年12月13日(日)、ロイヤル・プノンペンホテル・バサックレストランにて第4回日本人会忘年会が開催されました。今回は、過去最高の約280名の方々にお集まりいただきました。12時から始まった忘年会は、芸術大学学生によるアプサラダンス、ストロービール早飲み大会、餅つき、日本語スピーチ大会、各団体による余興の劇、歌、踊り、そしてビンゴ大会と進み、最後に命運を分ける抽選会が行われ大いに盛り上がりました。
今回も実に沢山の方々からご協力とご寄付を頂き、忘年会の準備・運営を円滑に行うことができました。この紙面をお借りして厚く御礼申し上げます。
(五十音順、敬称略)
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大口会費/協力 コンサルタント:オリエンタル・コンサルタント、東京設計 建設業:大林組土木建築事務所、大林組建築事務所、クボタ建設工事事務所、クボタ建設駐在事務所、栗原工業、鴻池組、大成建設工事事務所、大成建設プノンペン事務所、大豊建設、東洋建設、前田建設 製造業/商社/運輸/レストラン:伊藤忠、おかだ、住友商事、豊田通商、トーメン、トランシンド、ニチメン、日商岩井、平成レストラン、丸紅、、三井物産、三菱商事 賞品提供団体/個人 在カンボディア日本大使館、国際協力事業団カンボディア事務所、荒井、イチロー・レストラン、伊藤忠商事、大林組、おかだ、銀河レストラン、クボタ建設、栗原工業、鴻池組、住友商事、田中、東京設計、トーメン、豊田通商、トランシンド、難民を助ける会、日商岩井、ニチメン、長崎屋レストラン、平成レストラン、丸紅、三井物産、三菱商事、ロイヤル・プノンペン・ホテル
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ボーリング大会ボーリング大会を4月18日(日)に予定しております。参加申込先など詳しい案内は後ほどお送りいたします。皆様お誘い合わせの上ご参加下さい。 |
1月17日(日)、インターナショナルスクールのグランドにて4チーム総当たりのソフトボール大会が行われました。結果は、お揃いのユニフォームを新調して臨んだ、JICA/JOCVチームが優勝しました。当地での赴任期間が終了し、今回が最後の日本人会行事参加になりました新井博之JICA所長(4期日本人会役員を務められた)へのはなむけの試合ともなりました。
| 結果: | 優勝 | JICA/JOCVチーム(3勝0敗) | |||
| 2位 | NGO/クボタチーム(2勝1敗) | ||||
| 3位 | 商工会チーム(1勝2敗) | ||||
| 4位 | 大使館チーム(0勝3敗) |
2月14日(日)、インターナショナルスクールのグランドにおいて運動会が開かれました。今年も去年と同じく赤組(大使館・商工会)と白組(JICA・NGO)に分かれて行われました。まずはおなじみのラジオ体操第1(クメール語版)で準備運動をした後、50m走、100m走、はちまき取り、3人4脚、玉入れ、借物競争、綱引き、障害物レース、大使館・商工会・JICA・NGOに別れての対抗リレー、そして1500m走が行われました。今年も賞品をめぐっての大人達の真剣な熱い戦いが繰り広げられました。また、子供達ははちまき取り等の競技に参加し、元気一杯でした。中には、競技の要領がわからずうろうろしたり、泣き出してしまった子供達をなだめたりするお父さん・お母さんなど見慣れた光景もありました。競技の結果は、200点近い大差で赤組が勝ちました。
今大会の事前準備や大会当日お手伝い下さった皆様にこの場を借りて厚く御礼を申し上げます。
(五十音順、敬称略)
在カンボディア日本大使館、イチロー・レストラン、大林組、海外青年協力隊、カトリック信徒宣教者会、クボタ建設、シェア=国際保健協力市民の会、曹洞宗国際ボランティア会、大成建設、長崎屋レストラン、難民を助ける会、ノースブリッジ・インターナショナル・スクール、平成レストラン、前田建設
運動会にて一句
麗らかやムイ・ピー・バイと体操す カトリック信徒宣教者会(JLMM) 川里 隆
3年数ヶ月前当地カンボデイアに着任した10月初旬、ホテルから見えるサップ川は満々の水を湛え、上流に向かって流れていましたが、3日後位にふと見ると川の流れは下流のメコン河へと変わっておりました。トンレサップ湖が自然のダムとしての働きをしていて、雨期の水量を調整しているという話しは聞いておりましたが、その現象を間の当りにしました。ラオス、タイ、カンボデイアとメコン河を眺められる国に縁があり、長く暮らして参りましたので、この国を去るに当り、メコン河にまつわる思い出を書いて見たいと思います。
1.今から37年前、1962年4月私はラオスへ入る為タイ側から南ラオスのパクセという所に着いた時、初めてメコン河を見ることになりました。生まれ故郷の北上川しかしらなかった者には、乾季の終わりとは言え、その河の雄大さに圧倒され更に雨期ともなれば水量も川巾もこれの倍になると聞き、想像出来ない程と驚きを感じたものでした。メコン河を渡ってラオス川に入る為には、サンパンに乗ってメコン河を越えなければならず荷物を積む間、渡し場の近くで待っていると、ラオス人達はその近くで女性達は巻スカート(サロン)を上手に胸元から巻き、男性もクローマと同じ様な布を腰から巻き水浴をしておりました。そのすぐ上流では水牛の群れが人間と同じく目だけ出して、まるで我々が温泉にでも入っているが如く水浴しているのが見えます。中には水に入ったまま、しっぽをピンと立てて、糞をしているのが居るのですが、下流の人々は一向に気にする様子も無く、それどころか、水浴している人の中には河床の砂を手で取り、それを手の平に乗せて、指先でその砂を使って歯を磨いている者さえ居るではありませんか!、人々と動物の渾然たる生活の風景は始めて見る者には強烈な印象として40年近く経った今でも鮮やかに蘇ります。このパクセでも、今日本政府の援助でメコン河の橋梁工事が行われていて近々完成すると聞いています。メコン河で2本目の橋になります。因にメコン河の第1本目の橋はタイ側ノンカイとラオス側タドウアにすでに完成しております。
2.1960年代から75年まで、米国がインドシナに於ける共産化を必死に食い止め様と、約百万人近い軍隊、1日1億ドルとも言われた戦費を投入して戦っておりました。「1億ドル」という金額は当時ヴィエンチャンから北へ100キロ程のナムグム川にダムを建設中でありましたが、そのダムの建設費は約3千万ドルというのですから、正に米国は1日ダム3ケ分に当たる戦費を投入していたのです。また米国は軍事介入する一方では、民生安定の為メコン河に1つのダムを建設する計画を持っておりました。首都ヴィエンチャンから約20キロ上流にパモンというダムサイトがあり、その地点で、USBR(アメリカ開拓局)が水力発電所を建設するべく、数百万ドルの費用を投じて、調査を行ないました。
しかし、調査の結果、水没する地域があまりにも広大になること、そしてインドシナ戦争が形勢不利になりつつあること等により計画を断念しました。もしこのダムが完成していれば、これがメコン河本流に出来る第1号ダムとなっていたでしょう。
3.カンボデイアのコンポンチャムでは、メコン河に掛ける3本目の橋の工事が着工され、3年後の完成をめざしているときいていますが、この橋の完成により、当地への経済効果が期待されます。
一方、メコン河やサップ川、トンレサップ湖等の「水」を利用した灌漑農業による生産向上に努める必要を感じます。
飛行機でタイ国を往き来する度に、毎回の事ながら、タイ国の水路(運河)を活かした美しく広大な農地の広がりに感嘆させられます。カンボデイアに入った途端眼下に見えるのは、わずかに緑の集落らしい点在を除けば坦々たる褐色の大地。いつの日か、この大地が潤い人々の生活も豊かになって行く様、望んでおります。
阿部 将任
在カンボディア日本国大使館
ポチェントン国際空港から出ると暑い陽射しと真っ青な空や 緑の並木と美しい花々が歓迎してくれる。 そしてプノンペン市内へ向かう車窓から 町の人々の素顔と暮しの様子が存分に観察できる。次を待たないで観光の旅が始まった錯覚に落ちいる。街に入ると何千台のモトドップの無法なドライブが嫌でも目に入ってくる。 そして車の排気ガスで汚染されたプノンペンの大気を一呼吸することになる。
「これがプノンペンです」と云う歓迎のサインかも知れない。
人口・国土・他
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カンボディアで多い病気のワースト10.
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| 最も多いのは蛔虫保有者(数不明)です。 |
自分の健康を守るには !!
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【編集】JICA Cambodia事務所(文責:Kiichi SATO M.D.Jan.,1999 )
「国営テレビ局なのに、CMがあるんですか?」1月の下旬、カンボディア国営テレビ局(略称TVK―カラオケのKTVと混同しないように注意)を見学されたある専門家の奥様の言葉です。そうなのです。TVKは情報省の管轄下にある国営テレビ局なのですが、職員の給料を除いた運営費の全てを広告収入で賄っているのです。広告料は1分当たり50$から100$(民放の料金の1/4〜1/6程度)で、放送時間帯によって料金が異なります。民放を含め放送局の広告収入は、一昨年7月の政党間の闘争を境に半減し、1年半を過ぎた現在でも以前の状態に戻らないようです。因みに、TVKの1ヵ月の運営費には1万$が必要とされていますが、現在の広告収入は1ヵ月約5000$で、これがTVKの電気代を除く全ての運営費に当てられます。国営テレビ局ということで、運営費の大半は報道番組の制作費に費やされ、続いて消耗品費や光熱費、そして残りが一般番組の制作費となり、思うように新しい番組の制作費が捻出できず、経済的に逼迫した状態が続いています。
カンボディアのテレビ放送は意外に古く、1966年から始められましたが、1970年のクーデター以降20年余にわたり内戦が続き、放送界でも多くの人材を失い、施設や機材を破壊されてしまいました。しかし、カンボディア政府情報省は1981年に放送局を設立、1週間に3日の放送を再開しました。そして、1986年にカラー放送を開始、1993年にはラジオ局と分離、1995年には送出出力を1KWから10KWへアップするなどの改善を行い、1998年4月には日本政府からの無償資金協力により、プノンペン放送会館の建設と放送機材の調達が行われました。こうして、放送受信エリアが首都プノンペン市の周辺約120kmとなり、職員数も270名を超える大きな組織となりました。現在カンボディアのテレビ台数は約20万台(1997年情報省)。プノンペン市周辺の家庭のテレビ保有率は50%を超えていると思われますが、全国ではやっと10%を超えたところです。現在首都圏では、VHFが5局とUHFが3局視聴できます。それに、50以上のチャンネルを持っているケーブルテレビ局もあるのですから、まさにテレビ電波は飽和状態にあると言えるでしょう。しかし、首都圏から離れた地方では、国営テレビ局の番組しか視聴できないところが大半を占めています。情報省は、地方への放送サービスのために、プノンペン市の他にバッタンバン、シアヌークビル、ココン、バンルンの各市に放送局を設置しています。しかし、これらの地方局には、中央局のプノンペンからは直接電波は送信されておらず、ニュース番組などの首都圏の情報は、番組がテープにコピーされ、それぞれの地方局へ陸送され、翌日になってやっと放送されるという状態です。
TVKは、1日約9.5時間、週70時間近くの放送を行っています。放送の中心は報道・広報番組ですが、教育番組や芸能番組も多く放送されています。自主製作番組だけでなく、諸外国(フランス、オーストラリア、日本など)から多くの番組ソフトの供与を受け、カンボディア語へ吹き替えて放送を行っています。日本からは1996年、文化無償資金協力により469本の教育番組(英語版)の提供が行われました。TVKはこれらの番組をカンボディア語へ変換、1998年4月より「日本の横顔」というシリーズでドキュメンタリー番組の放送を開始、その後も同年10月から「幼児番組」「教育番組」の放送を開始しました。また、国際交流基金の提供による「おしん」と「大地の子」のドラマ番組は、カンボディアの人々にも好評で迎えられました。「大地の子」の再放送シリーズも3月13日をもって終了しますが、今後も日本大使館の協力により、ドラマ番組の提供が続けられる見込みです。
情報省では昨年12月、Lu Laysreng新大臣を迎え、「放送法の制定」と「全国放送網の整備」を当面の目標に、検討が開始されました。「全国どこでも同じ放送が視聴できる」時代が、もうすぐそこまで来ているのかも知れません。
私は2月上旬に無事帰国し、後任の篭宮氏がTVKで活動を開始しました。これから本格的な夏を迎えるカンボディアですが、皆様の益々のご活躍をお祈りいたします。
[文責:小川 紘二・NHK職員]
今年正月三が日をのどかに過ごさせてくれた孝行息子は、明けて4日、無事出生。所は私立オーロー病院。長女(4才10ヵ月)もここで生まれました。
さて、3日の夜。これは、と思い病院へ着いたのが11時半頃。病院は閉まっており、暗い。外に門番が2人、ベッドに蚊帳を吊って寝ている。「ソムトー。」と言っても起きてくれない。ほんと、カンボジアの門番は夜はきちんと眠るんだからなあ。ドアを引いたら、開いたので入る。前に、夜は夜勤の人が上の階にいるから、と言われていたので行くと、いたいた。この産科病棟の助産婦、看護婦さん達8人は、半数ずつ1日交代制である。毎月半月勤務。しかし、1日24時間。日、祝日はない。それで月給が60ドルだそうだ。本当だとしたら、カンボジア社会のなんと安い給料体系。
出産にはベテラン助産婦さんを中に、両脇に補助2人。少し離れて夜中に起こされた医者が暇そうに座って待機(こっちは苦しんでいるのに)、という構図。おそらく日本とさして変わりはないでしょう(もちろん、暇そうな表情はしないだろうけれど)。出産過程も、苦しいとか痛いとかはどこにいても変わらないだろうからここでは省き、さて子供が産まれた後の話。
カンボジアでは、生まれた子供は異状がない限り即母と同じ病室へ。母親は、これから1〜3ヵ月は身体を休めることが仕事となります。(あ、母乳をあげる人はそれも仕事です。)それで、お母さんだったり、旦那だったり、世話人が病院に泊まりにやって来るわけです。
オーロー病院では、早期子宮回復に15cmx15cmx10cmほどの氷の塊をビニール袋に入れてお腹の上に乗っけます。初めの子の時は驚いたけれど、今回は「相変わらず氷ね。」と慣れたもの。しかし、一般に後陣痛は2番目3番目になるほど痛いと言われており、その通り、その痛さに氷の冷たさがキーンと重なって、苦しい苦しい。そのたびに私は氷をよけて凌いでいました。見舞いに来るカンボジア人主婦達は、「私は石を温めて乗っけた」とか、「私の時は鍋に何か入れた」とか口々に話します。やはり、温める方が多数で気持ちも良さそう。冷やすことで内部は温かくなろうとするから効果は同じ、と言うのが病院の言い分ですが、石を温めたり、冷たくなったら温め直したりする手間を省くために氷を乗せているんだ、というのが回りの主婦達の意見です。1日4回交換、5日間の入院期間中氷を乗せていましたが、退院後はメイドさんの主張で漬物石程の石をコンロで焼いて半日乗せています。こんな議論もカンボジアならでは。石焼きは、体がホカホカ温まってリラックスでき、気持ちがいいですよ。長い場合、2〜3ヵ月もやるそうです。カンボジアでは、それだけ母親の体を大切にします。1ヵ月は寝たきりが望ましく、私などちょこちょこ動いていると、怒られたり、あきれられたり。日本では、少しずつ動いた方が良い、と言われているのですが。
食事は1日3回。朝食はおかゆと柔らかく煮た肉と魚。昼夜は、野菜と肉のスープにおかずが1品でほとんど肉。そして、山盛りのご飯、大きなバナナ1本。ボリュームがありました。これで一応一番良い部屋で普通分娩費用プラス5泊で200ドル。安い!まあ、一番良い部屋と言っても、トイレ兼シャワールーム、ベッド2台、新生児用ベッド、エアコン、テレビ、テーブル、ロッカー、椅子があるだけ。緊急用のベルや電気のスイッチは、私が寝かせられたベッドからは程遠く、自分では使えない。2日目に「見たかったら見なさい。」とテレビのリモコンを渡されたけれど、当のテレビは真後ろ。しかもコンセントは抜けたまま。でも約5年前とうってかわって楽だったのが電気。5年前は1日のうち3分の2が停電状態。しかもくそ暑い4月。そして、急患がいないときはジェネレーターを使わなかったので、立派なエアコンが恨めしかったものでした。母子共々サウナの中に取り残され、汗だく状態。2日目から洗濯に励んでいた私にびっくりして病院内で一役有名になってしまい、この話は今でも助産婦さん達の間で覚えられております。
面白かったのが、助産婦さん達の退院後注射の営業合戦。前回は、病院の指示で退院後1週間、毎日注射をしに病院へ通いました。今回は、助産婦さんが、何かの折にひとりで来た時に、「退院したら注射をするんだけど、決まった医者はいるか?」とか「私でもいいよ。」とか言ってくる。「あなたの家が知りたいから連れて行ってくれ」と、私のメイドに頼んだり。最初は何なのか皆目分からなかった。ふたりの助産婦さんがかわりばんこにそんな事を言って、さあ、どうするどうする、と攻めてくる。仕事外業務の営業。困ったな、と思っていると、退院日の朝に年配さんの方から、「では、明朝6時、注射をしに伺います。」と言われてしまった、この時には、医師の指示に従おう、と決めていたので、退院時に面会して聞いてみたら、薬のみで注射はいらない、とのこと。例の年配さんは夜勤明けで家に帰ってしまっていたので、かわいそうだけど当日来たところで、事情を説明して断りました。ついでに、うちへ入ってきたときに私の飼い犬に噛まれ、自前のアルコールで消毒をしていたのがいっそう可哀想でした。ごめんなさい(一応狂犬病の注射はしてありますから、と言ってなだめた)。
なぜカンボジアで、と長女の時から何度となく人に聞かれます。ちょうど仕事が忙しい時期で、バンコクには知り合いはいないし、カンボジアだったら手伝ってくれる人がいっぱいいるし...。なんていうのがいつもの答え。でも、改めて考えてみると実はそれよりも大切なことがあったのでした。それは、カンボジアが好きだから、なーんてことではなくて、カンボジアに対する一種の固執です。92年に初めてNGOで仕事をすることになり、その赴任地が89年に一度来たことのあるカンボジア。そして、連れ合いが出来、子供も宿り...。これだけのことなんですが、カンボジアで産める、という思いが、無意識のうちに働いていたようです。もちろん、病院調査もしたし、自分の健康状態とも相談した上での話ですが。
ぽちゃぽちゃした赤ちゃんの可愛さのない、しかも、いびきや唸り声がふてくされたおじさんのような長男。この世話に追われる毎日が、年のせいかきつい、でも、改めて乳幼児について勉強させられる日々でもあります。先日も某クリニックで、B型肝炎の予防接種を即打ちなさい!今すぐ!と脅かされましたが、とりあえず断って勉強、勉強。小さい子供をお持ちのお母さん、お父さん、たまには情報交換しましょう。面白い(と私は思う)子供に関する本も少ないけれど持っています。
カンボジア日本人会家族会員 石本由美
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1月にバンコクで開催された障害者のアジア大会へ寄付を下さった企業、団体、個人の方々、ありがとうございました。ただいま報告書を作成中です。でき上がり次第発送させていただきます。(石本)
*以上すべて義足部門 | |||||||||||
日本国大使館
3月19日、20日の両日、日本大使館主催でチャットムック劇場においてJAPAN WEEKENDと銘打った日本文化行事を実施することとなりました。プノンペン在住の日本人の方々にも、出来るだけ多く参加していただきますよう、御協力の程宜しくお願い申しあげます。
1.日本映画上映会(大使館主催)
3月20日(土)8時及び10時50分から、一般市民を対象として、映画「転校生」の上映を行います。入場には整理券(無料)が必要となり、これは12日午前9時より日本大使館で一般配布(先着順)することとなっていますが、日本人会会員の方については別途用意しますので、御希望の方は11日迄に大使館までご連絡下さい。尚、前日の19日(金)はカンボディアの学生を対象に同じ映画を上映する予定です。尾道を舞台にした大林宣彦監督の青春映画「転校生」は、思春期の男の子と女の子の体が入れ替わってしまうことから、様々なハプニングが起こる喜劇仕立ての物語です。カンボディア人の友人や職場の方々を誘っての御参加を歓迎致します。但しフィルムはオリジナル(日本語+英語字幕)ですが、カンボディア語の弁士を立てるので日本語は聞こえなくなる点をご注意下さい。
2.第2回日本語スピーチコンテスト(大使館及びプノンペン日本語教師の会共催)
3月20日午後2時より、第2回日本語スピーチコンテストを開催します。昨年12月に開催された第1回コンテストをさらに発展させ、今回はシエムリアップ在住者や国費留学等で日本に滞在した経験のある人にも参加を呼びかけています。応募者はまず書類選考で15名に選抜され、コンテスト当日は15名程度が最優秀賞を獲得すべくスピーチに挑戦する予定です。出場者は約5分間、選択テーマ(「私の夢」、「カンボディア人と日本人」、「カンボディアの将来」)あるいは自由テーマで日頃の日本語学習の成果を披露します。カンボディア人の生の考えが日本語で聴ける良い機会ですので、どうぞ皆様お誘い合わせの上、観覧に来て下さい。
本件行事の詳細につきましては、日本大使館広報文化班(米澤、中川)までお問い合わせ下さい(TEL 023-217161〜4)。
平成11年2月18日
1.皆さんは、治安当局者を名乗る者に自宅や事務所を訪問され、「消火器を点検する」などと言われたことはないでしょうか。
「治安当局者」は大抵の場合、台所回り等の火の元を簡単にチェックしただけで、A4紙1枚程度のチェック・リストを作成し、「点検料」と称して20$程度の現金を要求します。また、消火器を備えていなかったり、たとえあっても古い場合など、あたかもそれが義務であるかのように「新しい消火器を買わなくてはならない」と購入を促します。消火器の代金は40$〜50$と法外です。
そして、一度「点検料」を払うと、ひどい時には半年に1度の割合で点検にやってくるようになります。
2.最近、そうした状況に直面した在留邦人から「どう対応したら良いか」との問い合わせを何件か受けました。
大使館から内務省へ事実関係を問い合わせたところ、「消火器の点検はあくまで防火キャンペーンの一環として行っており、点検を受けなければならない義務はないし、『点検料』を支払う必要もない。もちろん彼らから消火器を購入する必要もない」との回答でした。
日本でも「消防署の方から来た」などといって法外な値段の消火器を売りつける悪徳訪問販売が問題となっておりますが、当地の場合、警察官等の公務員がアルバイト的に行っているようです。それだけに、門前払いするにも慎重を期す必要がありますが、訪問を受けた場合は、上記の次第ですので、大使館から内務省に照会したところとして、必要でなければはっきりと断って下さい。強要された場合には訪問者の氏名等を確認し、大使館にお知らせ下さい。
3.ただし、ご存知のとおり当地の消防当局は火災発生時の対応能力が未熟ですので、消火器は常備していた方が良いことは言うまでもありません。
購入する必要がある場合には、大家に相談されるのも一案と思われます。
火の取扱いには十分注意するよう日頃から職員やご家族、メイド等に言い聞かせて防火意識を高めることも必要です。
以上
AEA
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AEAインターナショナルSOSクリニック プノンペンは1998年8月に開設されて以来、AEAインターナショナルSOS会員の方々に、国際的な医療スタンダードにあった医療サービスと医療施設を提供しております。
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NGOが働いているのはどんな分野なのでしょうか?ちょっとCCC(カンボジア協力協議会)の会員リストを見てみました。会員になっているNGO122団体の活動分野は、農業13、獣医療2、子供の福祉/権利12、地域開発30、クレジット3、文化/芸術4、地雷除去5、教育/訓練64、緊急援助10、技術/建設8、環境6、保健医療45、人権4、収入向上3、非定住者3、経営/管理15、リハビリ17、調査8、農村開発12、水/衛生/灌漑9、女性8、カンボジアNGOの支援5、その他26となっています。実に様々な分野にわたっていますね。そして、日本のNGOもこのほとんどの分野で活動しています。
「24時間テレビ」チャリティー委員会は1989年からカンボジアで保健医療分野の援助を行ってきました。現在、日本人スタッフ2名、カンボジア人スタッフ10名でカンダル州カンダルストゥン郡におけるプライマリヘルスケアプロジェクトと郡病院支援プロジェクトを実施しています。
農村地域ではまだ国の保健サービスが受けられない人達がたくさんいます。その様な地域で「病気にかからないこと」「すぐに治療が受けられるようになること」を目指して地域住民の主体的な保健医療活動を促進させているのがプライマリヘルスケアプロジェクトです。具体的には母子ケアの改善、水と衛生状況の改善、家庭菜園普及と保健教育等を通して乳幼児死亡の要因ともなる栄養失調の問題を解決する活動に取り組んでいます。また、地域住民へ適切な保健医療サービスが提供できるようにヘルスセンター建設にも支援しています。
郡病院支援プロジェクトでは地域の治療センターとして中心的な役割を果たす郡病院への医薬品及び運営費補填を行っています。
JSRC(曹洞宗国際ボランティア会)は、1979年のインドシナ難民大量発生をきっかけに、1980年3月に曹洞宗の僧侶たちによって設立されたNGOです。しかし、現在の職員の多くは、曹洞宗関係者だけでなく、クリスチャン、宗教を持たない職員もいます。
日本国内、カンボジア、タイ、ラオスに事務所をおき、図書館活動、印刷・出版文化支援活動、教育環境整備支援活動を中心とした活動を行っています。
また、緊急支援として、日本から北朝鮮の食料援助、中国の水害救援を行いました。カンボジアでは1991年より活動を始めました。現在、日本人職員は7名、現地スタッフは約70名です。
カンボジアでは、職業訓練所、アジア子どもの家(幼稚園)、幼児教員養成所、仏教研究所の支援、学校建設、農村開発、図書館活動等を行っています。
シェアは1988年からカンボジアで活動しているNGOです。カンボジアの人々が、自分達の手で自分の健康を守れるようになることを目標に活動しています。92年から98年6月までは、プノンペンの北東35km程の所にあるクサイカンダール郡(カンダール県)で母子保健を中心とする活動を行なってきました。郡病院や各集合村にある診療所のスタッフ、また伝統産婆を対象に様々なトレーニング(妊娠中毒症、妊婦のケアと出産、産間調節、結核、予防接種、デング熱等)を行い、村の衛生環境改善のために井戸掘削やクレジット方式によるトイレ建設等も行ってきました、これらの活動は98年7月で地元の医療従事者に引き渡され、現行プロジェクトは日本人3名とカンボジア人9名でコンポンチャム県スレイセントー郡で行われています。ここでは、村の母親、若者、学校の先生を対象にした保健教育や、医療従事者を対象にしたトレーニングを行い、近年特にカンボジアで深刻な問題となってきているHIV/AIDSに対する予防教育も行っていく予定です。