通巻24号 |
発行:2002年1月
技術士 綱島 巌 (PCI)
カンボデイア王国の長い歴史の中から生まれた首都、プノンペンの「トンレサップのボートレースに参加しませんか ?」と、原田日本人会会長からお誘いをお受けしたのは、夏の終わりの頃、と記憶します。学生時代の「隅田川」と十五年以上前のアブダビ(アラブ首長国連邦)の「入江」と、二つのボートレースに参加したことのあるわたしは、喜んでこのお誘いをお受けしました。
カンボデイア王国のかっての栄光の時代。すなわち、9世紀から12世紀、アンコール・ワットの遺跡は建設されました。 当時のこの国は、現在のヴェトナム、ラオス、タイといった近隣列強に対し、対等以上の独自性を誇っていた時代もあったと言われます。ことに、12世紀前半のスーリア・バルマン2世や、いったんチャンパ(ヴェトナム)に占領された後の12世紀末、チャンパやタイの一部を併合して、クメール帝国を築いたと言われるジャヤバルマン7世。 これらの時代、国王の強力なリーダーシップのもと、陸軍も水軍も「風林火山」のごとき、迅速かつ威風堂々の威厳を持ち、外敵に対処しいたと想像されます。陸軍の陸路、すなわち道路の跡が、当時の首都、現在アンコール・ワットのある、シムリアップから東西に伸びる国道6号線に相当すると言われます。州都・シムリアップから東南東に伸びて、お隣の州都・コンポントムにつながる、現在の国道6号線の中間に現存する谷間を跨ぐ巨大な石橋は、12世紀末にジャヤバルマン7世の作品と言われます。まさに、風林火山の一端を示す史実です。
一方、水軍、すなわち、トンレサップ(サップ川)からトンレメコン(メコン川)を縦横無尽に走れまわったボートによる機動部隊が想像されます。北条時宗の頃、日本の水軍には、瀬戸内海を股にかけた村上水軍やその仲間たちの働きがあったから、蒙古襲来に耐えられたと言う説があります。これは、大半が瀬戸内海から外に出て、玄界灘などの外海が航海の対象でした。トンレサップとトンレメコンを中心としたクメール帝国の水軍は、川や湖を中心とした平水域が対象区域でした。当然のことながら、外海が対象の日本の水軍と、平水域が対象のクメール帝国の水軍の成り立ちや機能は異なります。言葉をかえれば、「いかに素早く、水面上を人員(兵員)や物資を大量移動するか,が、機動力を発揮すべきクメール帝国の水軍の使命であったか。」と想像されます。使命の発揮には、実力の検証を必要とします。これが、現在の「トンレサップのボートレース」の原型ではなかったかと思われます。
トンレサップのボートレースのボートは45人乗りの細長い木造ボートです。 舳先に飾りがつき、ボートレースの競技用の場合、おしなべて、勝利の女神に対する祈りを捧げたしるしの供物が飾り付けられています。カンボデイアのお寺に見かける「羽根のついた天使(ガルーダの天使)」をご想像ください。舳先と艫(とも)とは・・・・ 一般の船がそうであるように ・・・・水に対する抵抗を減らす目的で、流線型に絞り込まれています。 船の中央胴体部分は幅約90cmあって、漕ぎ手が二人並んで乗れるようになっていますが、舳先と艫の付近はひとりしか乗れません。 45人乗りの船の長さは20m近くあります。幅90cm、長さ20cm。いかに長細い船であるか、ご想像ください。まさに、お池に浮かべたボートです。
外海に出したら、小さな波が来ても、いっぺんに転覆してしまいます。皆さんが、日本にいる頃を思い出してみてください。公園の池の貸しボートに乗られたことがおありでしょうか? 二人乗り、四人乗り、いずれも、ずんぐりしています。 基本形は、外洋航路の汽船に乗せてある、救命ボートのタイプです。 映画「タイタニック号」をご覧の方は、少しくらい荒れた外海でも転覆しない設計となっていることを思い出されましょう。 公園の池でも、舟に素人の行楽客が、 たまたま立ち上がっても無茶に怖がって揺らしたりしなければ、転覆しないように、外海仕様の設計のボートが採用されている、と思ってください。
ところが、トンレサップのボートレースのボートは簡単に転覆する構造になっています。設計のポイントが、安全性ではなく、「いかに早く進むかのスピードにある」のです。日本での経験から申せば、大学のボート競技にでてくる「カヌー」、「ナックル・フォ」や「エイト」をご想像ください。みんな流線型のいい格好をしています。 いかに、「造波抵抗を少なくして早く進か。」が、流線型となりました。それぞれ、ひとりもしくは二人乗り、四人乗り、八人乗りです。「八百年前のクメール帝国文化の基本は現代に生きている」と、申せましょう。
蛇足ですが、大学時代のわたしは、隅田川のボートと申しても、「カヌー」、「ナックル・フォ」や「エイト」のような流線型の格好いい舟ではありませんでした。カッコウ良いのは大学のボート部という東大、一ツ橋大、早大などの大学対抗八人乗りのエイトのような細身の花形でした。実 は、わたしが乗っていたのは「与太レース」と言う通称のある六人乗りでした。公園の池のボートを長くしてコックス(舵取り)を含めて七人乗って、腕力に任せて漕ぐ、重い舟でした。 工学部内対抗の「建築科、機械工学科、電気工学科、土木工学科など」の隅田川の与太レースの四年間。これはこれで、汗を流した後のビールの爽快であったことです。
10月30日(火)から、地元の「雨季明けの秋の水祭り」でした。このために、昨2001年の日本人会はトンレサップのボートレースの練習を、一ヵ月前から開始しました。実際の練習は、三回。10月8日、21日、28日の日曜日の練習に参加しました。
国道1号線につながる、タイ王国大使館(実は、今年の春オープンの予定と言われる新しい日本大使館前のお隣り)前に朝9時、集合。わたしは、お知り合いの協力隊隊員のふたりと集合点に。三々五々、会長以下顔見知りの方。顔見知らぬ方。国道2号線を約1.5km南下して、トンレサップ河畔のボート乗り場に各自の車で移動。日本人会のボートレース世話役の松下さんのご案内にてボートに乗りました。
初日は約25人の日本人。あとは応援のカンボデイア人。ボート漕ぎは、かってのガレー船の奴隷のように気合とタイミングが合うことが基本です。初日の初顔合わせは、「ボートになじむこと」、「オールに慣れること」、「気合とタイミングを号令にあわせて掴むこと」にあったと思います。 トンレサップを昇って下る。これを二回繰り返して、おおかたのひとは、慣れない筋肉がコチコチになってしまったようです。 左手と右手、オールの位置によっても、腕の筋肉の疲労度は、まったく異なります。ふだん使っていない筋肉を急に烈しく使ったので、疲労がでるのは当然でした。練習後の飲み物を取りながらの反省会が共通の話題とひとの輪(和)を広げました。
三回目の10月28日は、前回までと異なり、日本人43人が参加しました。男女の協力隊員の参加もありました。もちろん、三回で完成する訳ではなく、他の人のオールに水をかけられ、この日もびしょ濡れ。「水もしたたるいい男といい女」に全員がなりました。本番を中一日後に控え、昼食をともにして、英気を養って解散。
さて、本番です。
10月20日朝10時、王宮前のトンレサップの川辺広場、時計搭前に集合。日本からかけつけた飛び入り参加や、短期調査プロジェクトの出張者の参加など、日本人会の柔軟な対応が好感を持って受け入れられました。トンレサップの川辺は鈴なりの観客です。
10時半に乗舟、わたしたち日本人会チームは、約400艘の内の「No.99」。12時、競技開始。 発送の出発点は乗舟ヵ所から約1km上流の「日本橋」に近い桟橋前のところ。二隻同時。つまり、No.1とNo.2が同時発走。しかし、主催者は当初、「3-5分毎に発走」を企画していたようですが、番号順に集めて、並べるのに手間取り、No.40ぐらいまでは平均10分間隔。それから、3-4分毎になり、わたしたちの番は丁度、発走15時でした。
No.99とNo.100。No.99が日本人会(45人中、33人が日本人)、No.100は「オール・ヨーロッパ」ということでしたが、発送約一時間前にめぐり合えたNo.100のボートにはヨーロッパ人はひとりもおらず、全員20-40歳の青年男子。おそろいのオレンジ色のテイ・シャツの背に「ボンヂュール」と書かれているだけ。No.99が25-60歳の男女とは、体力差、1.5倍と見うけられました。No.99には、6人の協力隊女子が参加していました。最年長はわたし(?)でしょうか。。。。。
わたしたちNo.99は全員、そろいのTシャツに、工事用のオレンジ色の救命具をつけ、汗だくでした。1.7kmのコースの前半は、1.0 - 1.5挺身の差以内だったのですが、後半は5.0挺身以上の差となり、惜しくも負けました。 学生時代の隅田川の与太レースを思い出しながら、わたしもオールの一手も休まず全力をつくしました。が、最後まで全力をあげて漕げたひとは半数以下だったようです。。。。ムリもありません。半数近くの方は三回目の練習参加一回でしたから。
陸に揚がる時には、観客から最大の声援(?)がありました。ボート上に居た待機時間を含めて、四時間以上、すっかり日に焼けました。とにかく、「オリンピック精神、参加することに意義あり!」でした。全員で乾杯したビールの味は格別でした。 「トンレサップのボートレース参戦記」、 秋の水祭りのさわやかな青春記録でした。初日が、予選。二日目が本選。三日目が決勝戦。本選と決勝戦にはシアヌーク国王とフンセン首相が観閲されたそうです。今年の秋も新しい青春記録に挑戦しましょう!
(完)
テニス大会 |
2001年11月25日日曜日。3月という猛暑の中で体を酷使しすぎた昨年の教訓を活かし、今年の日本人会主催テニス大会はカンボディアの1年で最も涼しいこの時期に開催された。雲ひとつない青空の下、ノースブリッジ・テニスコートには、テニス歴数十年の腕に自信を持つ人、老獪テニスで相手を翻弄させることにだけは長けた人、腕を痛めてもあくまでもトップスピンにこだわる人、毎週テニスコーチの指導を受け着々と精進を重ねてきた人、若さだけを唯一の武器とする人、参加することに意義ありと加わった人、と実にさまざまな個性を有する老若男女総勢34名が集った。
試合は昨年同様、男子ダブルス、女子ダブルス、混合ダブルスの3種類をぞれぞれ6ゲーム先取で行われたのであるが、今回の大会は前年大会に比べ参加人数が若干少なかったこともあり、さらに男子ダブルスについては敗者復活トーナメントも加えられた。
男子ダブルスは、14組が参加したが、下馬評どおり昨年の優勝者である舟橋(日本赤十字)と岩淵(日本工営)のペアが余裕をもって順当に決勝に進出し、誰が舟橋氏の連覇を阻むことができるかが注目された。その他のペアは実力的には拮抗していたが、激戦の中をくぐり抜けてきたのは槙原(JICA専門家)・安達(JICA専門家)ペアであった。このペアは常に足を引っ張る安達氏を抜群の技術を持つ槙原氏がどれだけカバーできるかが最大の課題であったが、特に小川大使・松下(丸紅)ペアとの1回戦目は松下氏の徹底した安達狙いで一時はゲームカウント1―4とリードされ、その後、槙原氏の強烈なストロークのおかげでなんとか逆転勝ちしたのである。舟橋・岩淵ペアの圧勝かと思われた決勝は、槙原・安達ペアが黒いサングラスをかけて強そうに見せるという奇策に出てこれが功を奏し、優勝を勝ち取った。
女子ダブルスは、参加者が工藤(JICA専門家夫人)・小野崎(JICA専門家夫人)ペアと中島(JOCV)・木村(JOCV)の2ペアのみであったため、いきなりの決勝となった。工藤・小野崎のベテランペアが圧倒的強さを発揮するものと目されていたが、本大会の最終試合となった女子ダブルス決勝が行われるまでに、工藤、小野崎の両女史は混合ダブルスの試合で既にかなりの試合数をこなして来ていたことで体力的に自由が利かない状態だった。それとは対照的に中島・木村ペアは協力隊員で若さを売りに体力は十二分に有り余っていた。結果はコートを飛び跳ね回った中島・木村ペアがみごと優勝を果たした。
混合ダブルスは、参加者6組と若干少なめであったため、トーナメント形式から2ブロックに分かれた総当り方式が採用され試合数が増加したため、これまた体力勝負の様相を呈した。その中で勝ち進んだ原田(大成建設)・中原(JHP)ペアと松田(JICA所長)・小野崎(JICA専門家夫人)ペアとの間で行われた決勝は、原田氏のやさしさがにじみ出る丁寧テニスと中原女史の安定したプレイで同ペアが優勝カップを手にした。
また、男子ダブルスの敗者復活戦決勝は雨宮(領事)・小野(JICA専門家)ペアと篠原(公使)・原田(大成建設)ペアで行われ、ウッド・ラケットを操るいぶし銀雨宮氏とトリッキープレイヤー小野氏のペアが優勝した。
JICAカンボディア事務所・小泉幸弘
2001年12月4日9時より13,000人を越える出席者のもときずな橋(メコン架橋)竣工式が開催されました。チアン・オムコンポンチャム州知事、キータンリム公共事業運輸省大臣からのスピーチののち、小川大使、江藤隆美議員(日本カンボジア友好議員連盟会長)、フンセン首相のスピーチが行われました。
小川大使からは橋の名前である「きずな」の意味の紹介、本橋がカンボジア北東部の地域開発促進に寄与しインドシナ南北軸および東西軸双方の軸となることを期待していること、本橋を成功裏に完成させた関係者の努力に敬意を表するとともに本橋が日本とカンボジアの友好促進につながることを強く期待するとのスピーチがなされました。
江藤議員からは、カンボジア国民がふるさとや祖国をよりよくしようという気持ちをもってほしいこと、多くの人達がこの場に出席、橋の完成を祝っていることに深く感激したとの話がなされ、本日の竣工式出席は生涯で最高の一日であったとの発言がなされました。
フンセン首相からは、日本のこれまでの多くの協力に感謝していること、きずな橋はカンボジアでメコン川を横断する最初の橋であり、これにより国土が一つになったこと、本橋の開通によるコンポンチャム州はじめ同国北東部の開発に弾みがつくであろうと述べられるとともに、今後とも引き続き日本に支援をお願いしたいとの依頼もありました。
テープカットに引き続き、親子3代渡り初めを行いました。これは橋がいつまでも利用されるようにという願いを込め、両岸に住む親子3代が橋の中央で出会う儀式であり、日本に古くから伝わる慣わしです。今回は服部家ご家族および工藤ご夫妻が日本代表となり、コンポンチャムに住むカンボジア代表のご家族との間で花輪交換を行いました。
午後には一般開放になり、コンポンチャム市民はじめ各地から集まった多くの人で橋の上は大混雑となりました。
バイク、自転車、あるいは徒歩にて橋を渡ることでメコン川の大きさを改めて感じたことと思います。同時に、ここに橋を架けた日本の技術力を高く評価しているものと思います。地元のお年寄りからは「生きている間にここに橋がかかり、歩いて渡れるようになるとは夢にも思わなかった」とのことでした。またラオスとの国境に近い街、ストゥントレンの人からも、「コンポンチャムに橋ができることで、その直接・間接効果はものすごく大きい。日本には本当に感謝している。」との発言がありました。
きずな橋が開通して1ヶ月以上過ぎましたが、夕刻や週末を中心に混雑が続いています。プノンペン市民の観光名所にもなっているようであり、先週きずな橋に行ってきた、との話も何人もの人から聞きました。コンポンチャム市のレストランが大繁盛しており、入るのに30分待たされたことなどを嬉しそうに話しています。また東側アプローチ道路の周辺にはすでに茶店が立ち並んでおり、日本橋向こう岸、チュロイチャンワー地区のようなレストラン街になるのも時間の問題かもしれません。
西側アプローチ道路には壁画が描かれています。これは地元の子供達がはじめて見たきずな橋工事の思い出を絵に残すことを主旨として、工事の風景、カンボジアの生活風土、カンボジアの未来をテーマに絵画コンクールを実施したものです。多数の作品のなかから優秀作品を選定、西側アプローチ道路擁壁に壁画として残しました。絵を描いた子供達が大人になったときにどのような街になっているのか、この絵はずっと見守っていくのではないでしょうか。きずな橋訪問の折には、ぜひ子供達の絵にも注目してください。
カンボジアはメコン河で東西に分断されていますが、きずな橋の開通により名実ともに1つになったといえます。カンボジア和平達成後10年が経過、カンボジアが1つになったことの象徴としてきずな橋がいつまでも愛され、利用されることを願ってやみません。
またこの一大プロジェクトを無事なしとげた日本人技術者、そしてカンボジアのすべての人達に心から感謝したいと思います。
日時:2001年12月16日(日)12:00〜16:30
場所:ホテル カンボディアーナ
忘年会の始まりは恒例のアプサラダンス
補習校生徒による合唱、指揮を執るのは神内真理夫人
ヒゲナシ合唱団もお疲れ様でした!
悔悛の情が無い様なので実名報道いたします。
写真右から、
T社のS氏、T社のS氏、M社のM氏、N社のI氏、K社のK氏
小川大使も恐々と見ている空手の実技披露
ビール早飲み競争
(ストローは2本使ってはいけません)
さすが本職、天まで届け!!
Jazz Combo Kucchisey
比摩人の平岩マスターが指導しています。
JICA芸能プロダクション、さすが!プロの演奏!
2001年カンボジア日本人会忘年会<寄付金芳名録>敬称略、五十音順 伊藤忠商事、大林組、おかだ、クボタ建設、鴻池組、栗原工業、住友商事、大成建設、大成・住友、大豊建設、東京設計事務所、東洋建設、トヨタ通商、トランスインド、日商岩井、日本印刷、間組、PCI、プロマジュアン、前田建設営業所、前田建設6A号線、前田建設7号線、丸紅、三井物産、三菱商事、ワールド開発 <賞品ご提供 芳名録>敬称略、順不同 大林組、おかだ、クボタ建設、栗原工業、住友商事、大成建設、大豊建設、東京設計事務所、トヨタ通商、トランスインド、丸紅、三井物産、三菱商事、OCS、萬吉、LOCOMO、平成レストラン、JICA事務所 |
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プノンペン補習授業校 募集要項と1日体験入学案内
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| 1、目的 | プノンペン補習校授業校の生活を理解して頂くとともに、入学前の不安を少しでも取り除き、希望と意欲を持って入学できるために行う
また、今回は幼稚部の設置が可能かどうか検討するため、四歳児・五歳児の保護者との話し合いも行う | ||||||||
| 2、日時 | 2002年2月16日(土曜日)10:00より | ||||||||
| 3、場所 | Northbridge International School 内 プノンペン補習授業校(三階にあります) | ||||||||
| 4、対象 | 平成4年度 小学一年生となるお子様と保護者
幼稚部(四歳児・五歳児)を検討していますので、参加を希望される・また興味をお持ちのお子さまとの保護者 | ||||||||
| 5、当日の日程 | |||||||||
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| 6、出席希望の申し込み方法 | |||||||||
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<文責・小市>
〜日本語スピーチコンテスト開催のお知らせ〜来る2002年3月23日(土)、新しい日本大使館多目的ホールにて第5回日本語スピーチコンテストが開催されます。毎年、日本語教師の会が中心となって準備・運営を行い、日本大使館やJICA・JOCV事務所、当地の日本企業、在留邦人の皆様方等からの支援を頂きながら開催してきました。今年も、多くの日本語を学んでいるカンボディアの若者が応募してきます。 この中から選ばれた15名程度の発表者が、皆さんの前で当日スピーチを披露しますので、ぜひ見に来てください。 日本語教師の会一同より |
皆様ご承知の通り、2月3日、カンボジアにおいて統一地方選挙の実施が予定されておりますが、同選挙前後の期間(選挙キャンペーンは1月18日より開始)の治安情勢については、下記1.の概要の通りですので、皆様におかれましては下記2.の留意事項を参考にして、十分に注意して下さい。
記
| 1. |
プノンペン市内を含む一部地方では、ここ半年の間に、対立政党間における立候補者の殺害事件や政党事務所に対する手榴弾投擲事件等、政治的背景があると思われる事件が発生しています。 治安当局は、政治的背景はないとして、事件の政治性又は政党間の対立を否定していますが、2月3日の統一地方選挙、さらに2003年の総選挙を考慮すると簡単に否定できないところもあります。 当地では、前回の総選挙に至るまでの間、政党間における武力衝突が発生して、日本人も犠牲になっており、2月3日の地方選挙、2003年の総選挙を控えて、政党間の対立の可能性を排除し得ない状態です。今後とも各政党間の動向を注視する必要があるものと思われます。
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| 2.留意事項 | ||
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(1)夜間外出の自粛 遊興等、不要不急の夜間外出は極力避けて下さい。やむを得ず外出する場合も、できるだけ早い時間に自宅に戻るようにして下さい。 (2)集会等に対する警戒 支持者同士の小競り合いやテロの巻き添え被害を避けるため、各政党の集会・パレード等には可能な限り近づかないようにして下さい。 (3)所在の明確化と連絡体制の確保 緊急事態はいつ起きるとも限りません。日頃から家庭、職場或いは知人等の間で連絡方法を決めておいて下さい。また、常に所在を明らかにし、日本の留守宅へも含め緊急事態発生時の連絡手段を確保して下さい。 (4)一時避難場所の再確認 自宅や勤務先周辺等において銃撃事件等が発生した場合を想定し、それぞれの場所で各自の一時避難場所を再確認して下さい。銃声等を聴いたら、一時避難場所へ避難してから発生場所、移動方向、拡大状況等を冷静に分析し、次に取るべき行動を判断しましょう。不用意に窓から外を覗くことは絶対に避けて下さい。 | ||
(一般業務時間:月〜金の8:30〜12:30、14:30〜17:30)
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コンピュータの衛生よどんだ水がめで蚊を飼っていませんか。 インターネットで本当に怖いのは、実生活と同様、自分の不注意や無知によって他の人にも被害を与えてしまう可能性があるという点です。 たとえば、メールソフトを古いバージョンのまま使っていると、多くの場合、コンピュータウイルスが付いたメールを見ただけでパソコンに感染してしまいます。そして知人や今まで見たホームページのメールアドレスへ、ウイルスメールが自分のパソコンから一斉に発信されてしまいます。こうしたウイルスは、感染した先でデータやパスワードを他人にメール送信したり、コンピュータを機能停止させたりするのです。 よどんだ水がめを除くことは、インターネット社会に参加するにあたっての個々人の責任であり、信頼の源泉です。萬吉はそのお手伝いをいたします。 萬吉はインドシナ半島と日本と拠点とするIT促進企業です。まずはお気軽にメールを下さい。 萬吉 京都・ホーチミン・ハノイ・プノンペン 基幹システム開発/カスタマイズ/セキュリティ/トラブルシューティング/導入コンサルティング プノンペン作業事務所347E 3 ,St.Monivong, Phnom Penh. E-mail:pnh@mankichi.net |
お引越しは
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大使館からのお知らせ 文化交流行事一、 狂言(茂山家)以下の次第にて狂言(茂山家)の公演を予定しております。茂山家の狂言は日本でも人気です。お誘い合わせのうえ是非ご来場ください。 日時:2月25日(月)または26日(火) 二、 新大使館開館記念文化交流行事当館では3月に新大使館への移転を予定しております。また、今年は内戦後大使館が再開されてから10周年に当たります。これらを記念しまして、5月から6月にかけ以下のような日本とカンボディアの文化交流行事を計画しております。多くの皆様のご参加、ご来場をお待ちしております。 ●津軽三味線コンサート 詳細についてはどちらも、追ってe-mail、当地新聞広告、当館ホームページ(www.bigpond.com.kh/users/eojc/)等を通じお知らせします。 お問い合わせは
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在カンボディア日本国大使館から一言 日本警察の様式を取り入れた交番第1号
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競技出場者募集!
申込み締切り日:2000年2月11日(月)
各競技種目に氏名、年齢、性別、所属を記入の上、下記3名の内、一人にご連絡願います
Attn:Mr.MATSUDA(JICA)
Fax.No.023-211675
Attn:Mr.HARADA(TAISEI)
Fax.No.023-212453
Attn:Mr.SATO(KUBOTA)
Fax.No.023-430285
2002年
50m走
パン食い競走
玉入れ
綱引き
はちまき取り
障害物レース
対抗リレー
1500m走
三人四脚リレー
借り物競走
カンボジア日本人会
開催日:2000年2月17日(日)
場 所:ノースブリッジ インターナショナル スクール
集 合:午前7時15分 開 始:午前7時45分
完 了:午後12時45分(予定)
Her temperature's rising fast
You care. So do we.
ご着任間もない慣れない駐在先で、小さなお子様が発熱………
ど う な さ い ま す か ?
こんな時こそインターナショナルSOSにご連絡下さい。
当地のプノンペン・クリニックでは、医師・看護婦がいつでも24時間体制で待機しています。日ごろのヘルスケアからの緊急時の医療アシスタンスまで、国際水準のサービスを提供させていただきます。もしもの時。SOSはあなたのお力になります。
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INTERNATIONAL SOS PHNOM PENH:24 HOUR TEL:855-23-216911 - FAX:855-23-215811