困難な状況下の子どもたち
内戦により伝統的な社会が崩壊し、困難な状況の子どもを支援するシステムが消滅した。また、多くの家庭が内戦により分断・崩壊し、母親が働かなければならなかったので、家庭内でのケアが無く、働かなければならない子どもが多くなった。
現在、20%の家庭の子どもが片親となっており、ストリートチルドレンの57%が、片親か孤児で、1993年には9000人を数えた。
都市と農村部とでは格差が大きく、都市での栄養不良児が22%なのに対し、農村部では32%と高い。また、教育は無料だが中学生は制服費や登録費、テスト代など経費がかかり学校に行けない原因になっており、都市では65%の就学率が、農村部では32%を記録している。都市への子どもの流入のうち、78%が10−13歳である。
児童労働
第一回社会経済調査
1993〜4年、アジア開発銀行・UNDP・国家統計局実施、10才以上を労働力とみなす。
通学経験皆無ないしは1年以内の15才以上の労働者の割合は28・6%。
働く児童の現状 −最近のNGOの報告から-
プノンペンのゴミ捨て場で働く86人の内、59人は3年生以下の通学生。27人は学校中退。レンガ工場の70人の内、31人はごく短期間の通学ないしは通学経験なし1995年7月現在:カンボジア-タイ間のエビ漁船で、誘拐された農村の若者が働かされている事件が多発。
児童売春
1991年以降都市の売春宿が急増。タイの売春宿に売られる少女が毎年数千人にのぼる。彼女たちは借金に縛られ、監禁され、あらゆる種類の性的・肉体的虐待を受けているうえ、エイズの危険にさらされている。売春宿が警察の手入れを受けると不法滞在者として逮捕され、拘留された少年鑑別所でも性的虐待を受ける場合が多い。国外追放されても再び誘拐されて売春宿に戻る場合が多い。
1994,95年の調査(カンボジア婦人開発協会実施)
プノンペンの売春婦399人のうち同国人は213人で156人がベトナムの出身。また35%が15〜18才と判明。1995年のプノンペンの売春地区で診療所に来た売春婦を対象に実施した調査では、彼女たちのほとんどが10代で、その3分の1が売られたことが判明した。
ストリートチルドレン
プノンペン、バタンバン両市の調査(UNICEF,CHILD
HOPE,児童福祉団体など)
半数がストリートチルドレンになって1年ないし1年以内ほとんどが家計維持のため働き、毎日家に帰っている。プノンペンのストリートチルドレンは、ほとんどが他地域の出身者。家庭内暴力や苛酷な貧困が原因。捨て子も少数いる。
難民の子ども
37万人が1992〜3年にタイ国境の難民キャンプから帰国。北西地区に住む家族(この帰国難民を含む)の多くが、ポルポト派と政府軍の戦いで住居の移転を迫られている。1994年5月の戦いでは、子ども3万人を含む5万人が家を失った。戦争で子どもたちは心に深い傷を負い、学校での問題も大きい。
障害児
手足を失った子どものイメージが強いが、障害児で一番多いのは小児麻痺である。次いで視聴覚障害。精神を病んだ子どもたちである。障害児に対するケアは少なく、学校に行く機会を与えられていない障害児が多い。国際機関からの支援は1980年以降、主として手足を失った子どもへの整形医療に向けられてきた。現在、リハビリ治療の計画が国によって進められている。
孤児/捨て子
1979年のデータ(最も新しいデータ)では、25万人が孤児(片親の子どもを含む)。孤児院は全国に29ヵ所あり、そこに暮らす孤児は2397人。孤児の定義や孤児院の規則がないため、年老いた障害児や大人が孤児院に暮しているケースも多い。従って、国の課題は、孤児院に今でも暮らしている18才以上の孤児を自立させることである。
戦禍の子どもたち
地雷による直接的、間接的被害を多くの子どもが受けている。地雷による子どもの直接的な被害状況は、多くが病院に着く前に死亡するため、未だに掴めていない。地雷による片親ないしは両親の怪我や死、大切な財産である牛の損失など、間接的な被害は計り知れない。